「糖尿病」という病名を聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか。「尿に糖が出る病気」「甘いものの食べ過ぎが原因」といった印象が強いかもしれません。しかし、その名前の由来や歴史的背景、そして現代における名称変更の議論まで知ることで、この病気に対する理解は大きく変わるはずです。
この記事では、「糖尿病」という名前の由来を和名・英語名の両面から徹底的に解説します。平安時代の貴族が悩まされた病から、古代ギリシャの医師が尿を嘗めて診断した逸話、そしてなぜ今「ダイアベティス」という新しい名前に変わろうとしているのかまで。名前の奥に隠された物語を知り、糖尿病への正しい知識と理解を深めていきましょう。
糖尿病 名前 由来

「糖尿病」という名前は、この病気の持つ特徴的な症状の一つを非常に分かりやすく表しています。しかし、そのシンプルな名前には、国内外の長い医学の歴史と、病気に苦しんできた人々の軌跡が刻まれています。英語名である「Diabetes Mellitus」もまた、古代の医師たちによる驚くべき診断方法から名付けられました。
ここでは、まず結論として「糖尿病」という名前の由来を和名・英語名の両面から簡潔に解説します。
糖尿病という名前の由来とは?【結論サマリー】
和名「糖尿病」の由来:尿に糖が排出される症状から
和名である「糖尿病」の由来は、読んで字のごとく「尿の中に糖が排出される病気」という症状そのものから来ています。健康な人の場合、腎臓で血液がろ過される際にブドウ糖は再吸収され、尿中にはほとんど排出されません。しかし、血糖値が著しく高い状態が続くと、腎臓の再吸収能力を超えてしまい、尿中に糖が漏れ出てしまいます。この特徴的な症状を捉えて「糖尿病」と名付けられました。この名前は明治時代に西洋医学の知識が日本に入ってきた際に作られた訳語です。
英語名「Diabetes Mellitus」の由来:「蜂蜜のように甘い尿が通り抜ける」病
英語名である「Diabetes Mellitus(ダイアベーティス・メリタス)」は、さらに深い語源を持っています。これは2つの言葉から成り立っており、それぞれが病気の異なる症状を表しています。
- Diabetes (ダイアベーティス): ギリシャ語の「diabētēs」が語源で、「通り抜ける」「サイフォン」という意味を持ちます。これは、飲んだ水がそのまま体(尿)から通り抜けていってしまうような「多尿」の症状を表現しています。
- Mellitus (メリタス): ラテン語で「蜂蜜のように甘い」という意味です。これは、尿が甘いという特徴を表しており、古代の医師が実際に尿を嘗めて診断していたことに由来します。
つまり、「Diabetes Mellitus」とは、「蜂蜜のように甘い尿が、サイフォンのように体から大量に通り抜けていく病気」という意味が込められているのです。
和名「糖尿病」の歴史|いつから呼ばれているのか?
「糖尿病」という病名が日本で定着したのは比較的最近のことですが、同様の症状に苦しむ人々の記録は古くから残されています。ここでは、日本における「糖尿病」の歴史を紐解いていきます。

「糖尿病」という訳語の誕生は明治時代
現在私たちが使っている「糖尿病」という病名は、明治時代に西洋医学の「Diabetes Mellitus」を日本語に翻訳する過程で生まれました。当時、日本の医学者たちは海外の進んだ知識を取り入れるため、多くの医学用語を日本語に訳していました。
その中で、この病気の最も顕著な特徴である「尿に糖が出る」という点に着目し、「糖尿病」という非常に的確で分かりやすい訳語が作られたのです。この訳語の正確さゆえに、広く一般に浸透し、今日まで使われ続けています。
日本最古の記述は平安時代:藤原道長と「消渇」
糖尿病に似た症状の記録は、日本の歴史上、平安時代まで遡ることができます。特に有名なのが、栄華を極めた平安貴族、藤原道長が患っていたとされる「飲水病」または「消渇(しょうかち、しょうかつ)」という病気です。
彼の日記『御堂関白記』には、「口が渇いて水をたくさん飲む」「日に日にやせ衰えていく」といった記述があり、これらは現代の糖尿病の症状と酷似しています。
「消渇」という言葉は、以下のような意味合いを持っています。
- 消(しょう): 体がやせ衰えていく(体重減少)
- 渇(かち/かつ): のどが渇いて水を多く飲む(口渇・多飲)
このように、病名自体が症状を的確に表しており、当時の人々がこの病気をどのように捉えていたかがうかがえます。
江戸時代の蘭方医による西洋医学の導入
江戸時代になると、オランダを通じて西洋医学(蘭方)が日本に伝わります。蘭方医たちは、西洋の医学書を翻訳し、新しい知識を日本に広めました。この時期には、尿を検査する「検尿」の概念も少しずつ入ってきました。
杉田玄白らが翻訳した『解体新書』に代表されるように、日本の医学は大きな転換期を迎えます。そして、明治維新を経て西洋医学が本格的に導入される中で、「消渇」と呼ばれていた病気は「Diabetes Mellitus」として認識され、やがて「糖尿病」という新しい名前で呼ばれるようになったのです。
英語名「Diabetes Mellitus」の語源と意味を徹底解説
「糖尿病」の英語名「Diabetes Mellitus」は、その語源を知ることで、古代の人々がこの病気をいかに鋭く観察していたかが分かります。ここでは、それぞれの単語の由来を詳しく見ていきましょう。
「Diabetes」の語源はギリシャ語|サイフォンの意味
「Diabetes(ダイアベーティス)」という言葉は、紀元2世紀のギリシャの医師、カッパドキアのアレタイオスによって名付けられたとされています。
- 語源: ギリシャ語の
diabētēs(ディアベーテース) - 意味: 「通り抜けるもの」「サイフォン」
サイフォンとは、液体を高い場所から低い場所へ移すための管のことです。アレタイオスは、患者が飲んだ水がまるでサイフォンのように、そのまま体から尿として流れ出てしまう様子を観察し、この名前を付けました。
なぜ「通り抜ける」のか?多尿症状との関係性
糖尿病の代表的な症状の一つに「多尿」があります。これは、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が高くなりすぎることが原因です。
- 血糖値が異常に高くなると、腎臓が血液をろ過する際に糖を再吸収しきれなくなります。
- 尿中に排出される糖が増えると、浸透圧の作用で周囲の水分も一緒に尿として引っ張り出されます。
- その結果、尿の量が増え、頻繁にトイレに行きたくなる「多尿」という症状が現れます。
この「多尿」と、それに伴う激しいのどの渇き(多飲)が、まさに「飲んだ水がそのまま通り抜けていく」ように見えたため、「Diabetes」と名付けられたのです。
「Mellitus」の語源はラテン語|蜂蜜のように甘い
「Diabetes」だけでは、多尿を引き起こす他の病気(例えば、尿の量を調節するホルモンの異常で起こる「尿崩症(Diabetes Insipidus)」)と区別ができませんでした。そこで、17世紀にイギリスの医師トーマス・ウィリスが、ある決定的な特徴を発見し、この言葉を加えました。
- 語源: ラテン語の
mellitus(メリトゥス) - 意味: 「蜜で甘くした」「蜂蜜のように甘い」
ウィリスは、多尿を訴える患者たちの尿を比較し、ある患者の尿は「驚くほど甘い」ことを発見しました。この「甘い尿」こそが糖尿病を特徴づけるものであると突き止め、「Mellitus」という言葉を付け加えたのです。
なぜ「甘い」のか?古代の医師は尿を嘗めて診断した
現代の私たちからすると驚くべきことですが、古代から中世にかけて、医師は五感を使って診断を行っていました。尿の色や匂い、そして「味」も重要な診断情報の一つだったのです。ウィリスは、実際に患者の尿を嘗めて味を確認し、その甘さから病気を診断しました。
インドの古代医学書にも「蜂蜜尿(madhumeha)」という記述があり、尿が甘くなるだけでなく、アリが集まってくることから病気を診断していたという記録も残っています。尿が甘くなるのは、もちろん尿中に大量の糖が排出されているためです。
「Diabetes Mellitus」の読み方と発音
カタカナでの正しい読み方:ダイアベーティス・メリタス
「Diabetes Mellitus」の一般的なカタカナ表記は「ダイアベーティス・メリタス」です。英語の発音に近い表記では「ダイアビィーティーズ・メライタス」となることもあります。日本では、単に「ダイアベーティス」と呼ぶことも増えてきました。
医療現場での略称「DM」の意味
医療現場では、カルテなどで「Diabetes Mellitus」を「DM」と略して表記することが一般的です。これは、それぞれの単語の頭文字を取ったものです。もし健康診断の結果などで「DMの疑い」といった記載があれば、それは糖尿病の疑いを指しています。
なぜ?「糖尿病」から「ダイアベティス」へ名称変更の議論が活発化
「糖尿病」という名前は、症状を的確に表している一方で、長年にわたり患者さんを苦しめる社会的なスティグマ(偏見や誤解)を生んできました。近年、この問題を解決するために、日本糖尿病協会や日本糖尿病学会を中心に、病名を「ダイアベティス」へ変更しようという議論が活発になっています。
「糖尿病」という名前がもたらす社会的スティグマ(偏見・誤解)
病名が原因で、患者さんはどのような偏見や誤解に苦しんでいるのでしょうか。主な問題点は以下の通りです。
「尿」という言葉が持つ不潔なイメージ
「尿」という言葉には、どうしても排泄物としてのネガティブなイメージや不潔な印象が伴います。これにより、病気であることを他人に言いづらい、知られたくないと感じる患者さんが少なくありません。特に、学校や職場などで病名をカミングアウトすることに強い抵抗を感じるケースが多く報告されています。
「贅沢病」という誤解と自己責任論
「糖」という言葉から、「甘いものの食べ過ぎ」「不摂生な生活」「贅沢な食生活」が原因であるという短絡的なイメージを持たれがちです。これにより、「本人の自己管理が悪いからなった病気だ」という自己責任論に結びつき、患者さんは不当な非難や罪悪感に苛まれることがあります。
しかし、実際には遺伝的要因や自己免疫、加齢など、本人の努力だけではどうにもならない要因も大きく関わっています。特に、生活習慣とは無関係に発症する1型糖尿病の患者さんにとっては、この誤解は非常に大きな苦痛となっています。
日本糖尿病協会・学会が提唱する新名称案「ダイアベティス」
こうしたスティグマを払拭し、患者さんが生きやすい社会を実現するため、専門家団体は病名の変更を提唱しています。その有力な候補が、国際的に広く使われている「ダイアベーティス」のカタカナ表記である「ダイアベティス」です。
なぜダイアベティスなのか?名称変更で目指すもの
名称変更には、以下のような目的があります。
- スティグマの払拭: 「糖」や「尿」といった言葉が持つネガティブなイメージを取り除く。
- 病態の正しい理解促進: 「生活習慣の乱れだけが原因ではない」という正しい知識を広めるきっかけにする。
- 国際的な名称との整合性: 世界中で使われている「Diabetes」という名称に合わせることで、グローバルな情報共有を円滑にする。
- 患者の前向きな治療への意欲向上: 病名が変わることで、患者さんが心理的な負担から解放され、より前向きに治療に取り組めるようにする。
名称変更への賛成意見と慎重意見
この名称変更の動きには、多くの賛成意見が寄せられています。
| 賛成意見 | 慎重意見 |
|---|---|
| 「尿」という言葉がなくなり、子供が学校で言いやすくなる。 | 長年親しまれた「糖尿病」の方が分かりやすい。 |
| 自己責任という偏見が少しでも減ることを期待する。 | 名称を変えても、社会の意識が変わらなければ意味がない。 |
| 病気への正しい理解が広まるきっかけになる。 | 「ダイアベティス」では何の病気か伝わらない可能性がある。 |
| 国際的な名称に合わせるべきだ。 | 医療現場や行政システムの変更に膨大なコストがかかる。 |
このように、患者さんの心理的負担を軽減したいという強い願いがある一方で、名称変更による社会的な混乱やコストを懸念する声もあり、現在も慎重に議論が続けられています。
名前だけじゃない「糖尿病」の基礎知識
名前の由来を知ることは、病気への理解を深める第一歩です。ここでは、糖尿病とはどのような病気なのか、その基本的な知識を解説します。
糖尿病とはどんな病気か?
糖尿病とは、インスリンというホルモンの作用が不足したり、十分に効かなくなったりすることで、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が慢性的に高くなる病気です。インスリンは、膵臓から分泌され、血液中のブドウ糖を細胞に取り込ませてエネルギーとして利用したり、肝臓や筋肉に蓄えたりする働きを担っています。このインスリンの働きが悪くなると、ブドウ糖が細胞にうまく取り込まれず、血液中に溢れてしまうのです。
高血糖の状態が続くと、血管が傷つけられ、将来的には目(網膜症)、腎臓(腎症)、神経(神経障害)といった細い血管の合併症や、心筋梗塞や脳梗塞などの太い血管の合併症を引き起こすリスクが高まります。
糖尿病の主な症状【初期症状チェックリスト】
糖尿病は初期段階では自覚症状がほとんどないことが多いですが、血糖値が高くなると以下のような症状が現れることがあります。
のどの渇き(口渇)、多飲、多尿
最も典型的で分かりやすい初期症状です。前述の通り、尿中に糖が排出される際に水分も一緒に失われるため、脱水状態になり、激しいのどの渇きを覚えます。その結果、大量に水分を摂取し(多飲)、さらに尿の量が増える(多尿)という悪循環に陥ります。
体重減少
食事で摂取した糖をエネルギーとしてうまく利用できないため、体は代わりに筋肉や脂肪を分解してエネルギー源にしようとします。そのため、食事量は変わらない、あるいは増えているにもかかわらず、体重が急に減少することがあります。
全身の倦怠感
エネルギー源であるブドウ糖が細胞に届かないため、体全体がエネルギー不足に陥ります。これにより、常に体がだるい、疲れやすいといった全身の倦怠感が現れます。
これらの症状に心当たりがある場合は、早めに医療機関を受診することが重要です。
糖尿病の主な原因【生活習慣だけではない】
糖尿病は、その原因によって主に「1型」と「2型」に分けられます。
1型糖尿病の原因
1型糖尿病は、主に自己免疫反応の異常により、膵臓でインスリンを分泌する細胞(β細胞)が破壊されてしまう病気です。これにより、体内でインスリンがほとんど、あるいは全く作られなくなります。生活習慣とは関係なく発症し、子供や若い人に多いのが特徴です。治療には、インスリン注射が不可欠となります。
2型糖尿病の原因
2型糖尿病は、日本人の糖尿病患者の9割以上を占めるタイプです。遺伝的にインスリンが効きにくい・出にくい体質(遺伝的要因)に、過食、運動不足、肥満、ストレスといった環境要因(生活習慣)が加わることで発症します。インスリンの分泌量が減ったり、インスリンが分泌されても効きが悪くなったり(インスリン抵抗性)することで、高血糖状態になります。治療は食事療法や運動療法が基本ですが、必要に応じて薬物療法も行われます。
糖尿病の名前の由来に関するよくある質問(FAQ)
Q. ダイアベティスの語源は何ですか?
A. ギリシャ語の「diabētēs(ディアベーテース)」が語源で、「通り抜ける」「サイフォン」を意味します。飲んだ水がそのまま尿として体から通り抜けてしまうような「多尿」の症状を表しています。
Q. 糖尿病という病名は日本だけですか?
A. 「糖尿病」という漢字表記の病名は、主に日本や中国など漢字文化圏で使われています。英語圏では「Diabetes Mellitus(ダイアベーティス・メリタス)」と呼ばれており、これが国際的な正式名称です。
Q. なぜ病名を変更する必要があるのですか?
A. 「糖尿病」という名前が、「尿」という言葉の不潔なイメージや、「糖」という言葉からくる「自己管理が悪い」といった偏見や誤解(スティグマ)を生み、患者さんを苦しめているためです。名称を変更することで、こうしたスティグマを払拭し、病気への正しい理解を促進することが目的です。
Q. Diabetesの読み方をカタカナで教えてください。
A. 一般的には「ダイアベーティス」と読みます。これに「蜂蜜のように甘い」を意味する「Mellitus(メリタス)」を付けて、「ダイアベーティス・メリタス」と読むのが正式です。
まとめ:糖尿病の名前の由来を正しく理解し偏見をなくそう
「糖尿病」という名前は、和名では「尿に糖が出る」という症状から、英語名では「蜂蜜のように甘い尿がサイフォンのように通り抜ける」という古代の医師たちの鋭い観察眼から名付けられました。その名前には、医学の長い歴史が刻まれています。
しかし、その分かりやすさゆえに、「自己責任の病気」といった偏見や誤解を生み、多くの患者さんを苦しめてきた側面も否定できません。現在進められている「ダイアベティス」への名称変更の議論は、こうした社会的なスティグマをなくし、誰もが病気と前向きに向き合える社会を目指すための重要な一歩です。
この記事を通して、糖尿病の名前の由来とその背景にある物語を知っていただくことが、病気への正しい理解と、根強い偏見をなくすためのきっかけになれば幸いです。
免責事項:本記事は情報提供を目的としており、医学的な診断や治療に代わるものではありません。糖尿病に関する診断や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。
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