病気やケガで会社を休まざるを得なくなったとき、気になるのが収入のことですよね。「いつまで休むことになるんだろう」「生活費はどうしよう…」そんな不安を和らげてくれるのが、健康保険から支給される「傷病手当金」です。しかし、「申請方法が難しそう」「何から始めればいいの?」と、手続きに戸惑う方も少なくありません。
この記事では、傷病手当金の申請方法について、対象者や支給条件から、必要書類、申請先、具体的な手続きの流れ、さらには計算方法や「もらえないケース」まで、あなたの疑問を徹底的に解説します。この記事を読めば、傷病手当金申請の全体像が把握でき、スムーズに手続きを進めるための第一歩を踏み出せるでしょう。病気やケガの治療に専念するためにも、ぜひ最後までお読みください。
傷病手当金とは?制度の概要
傷病手当金は、病気やケガのために会社を休み、事業主から十分な給与が受けられない場合に、被保険者とその家族の生活を保障するために設けられた公的な制度です。健康保険法に基づいて、健康保険の被保険者に対して支給されます。
この制度の目的は、被保険者が病気やケガで働くことができない期間に、収入の一部を補填することで、経済的な不安を軽減し、安心して療養に専念できるようにすることです。健康保険組合や協会けんぽといった健康保険の保険者によって運営されており、申請から支給までの手続きはそれぞれの保険者が行います。
傷病手当金は、雇用保険の失業給付や労災保険の休業補償とは異なる制度です。失業給付は離職後の求職活動中の生活保障、労災保険は業務上または通勤途中の傷病に対する補償であるのに対し、傷病手当金は業務外の病気やケガによる休業期間中の生活保障という点が大きな違いです。
傷病手当金を受け取るための支給条件
傷病手当金を受け取るためには、以下のすべての条件を満たす必要があります。これらの条件を正確に理解することが、申請手続きを進める上で非常に重要になります。
健康保険に加入していること
傷病手当金は、健康保険の被保険者に対する給付です。そのため、全国健康保険協会(協会けんぽ)や、各種健康保険組合など、健康保険に加入していることが大前提となります。自営業者などが加入する国民健康保険には、傷病手当金の制度はありません。
具体的には、会社員や公務員、その扶養家族などが加入している健康保険が対象です。あなたが会社の健康保険に加入しているかどうかは、健康保険証で確認できます。
業務外の事由による病気やケガであること
傷病手当金は、業務外の病気やケガによって働くことができなくなった場合に支給されます。プライベートでの病気(風邪、インフルエンザ、うつ病など)や、交通事故、スポーツ中のケガなどがこれにあたります。
もし、病気やケガの原因が仕事中(業務災害)や通勤途中(通勤災害)である場合は、健康保険ではなく労働者災害補償保険(労災保険)の対象となり、休業補償給付などが支給されます。この場合、傷病手当金は支給されません。どちらの制度が適用されるか不明な場合は、会社の担当部署や労働基準監督署に確認すると良いでしょう。
仕事に就くことができない(労務不能)状態であること
傷病手当金の支給対象となるためには、医師の意見などから仕事に就くことができない「労務不能」の状態であることが認められる必要があります。「労務不能」とは、被保険者が従事している業務の内容を考慮し、その業務を遂行することができない状態を指します。
単に「体調が悪い」「休みを取りたい」といった自己判断ではなく、医師が医学的な見地から「労務不能」と判断し、申請書に証明することが必要です。同じ病気やケガであっても、担当している業務の内容や職場環境によって、労務不能と判断されるかどうかが変わる場合もあります。医師に現在の業務内容や仕事内容を具体的に伝え、正確な診断・判断を仰ぐことが大切です。
メンタルヘルスの不調(うつ病、適応障害など)による休業も、医師が労務不能と認めれば支給対象となります。
連続した3日間の待期期間があること
傷病手当金は、病気やケガで仕事を休み始めた日から連続して3日間(これを「待期期間」といいます)が経過した4日目以降の休業日に対して支給されます。この待期期間の3日間は、有給休暇、土日・祝日、公休日なども含めてカウントされます。給与の支払いがあった日も休業日と見なされます。
例えば、月曜日から仕事を休み始めた場合、月・火・水曜日が待期期間となり、木曜日から傷病手当金の支給対象となります。この3日間は連続していることが重要で、途中で1日でも出勤すると、待期期間はリセットされ、再度連続した3日間を休まなければ待期期間は完成しません。
待期期間の3日間は傷病手当金の支給対象には含まれません。
給与の支払いがないこと
休業期間中に、事業主から給与の支払いがないこと、あるいは支払われている給与の額が傷病手当金の日額よりも少ないことも条件です。
休業期間中に会社から傷病手当金の日額と同等かそれ以上の給与が支払われている場合は、傷病手当金は支給されません。もし、支払われている給与の額が傷病手当金の日額よりも少ない場合は、傷病手当金からその差額が支給されます。これは、傷病手当金と給与で、休業前の標準報酬月額を大きく超える収入を得ることを防ぐためです。
給与の支払い状況については、申請書の「事業主記入用」で会社が証明します。
退職後の継続給付について
退職後も傷病手当金の支給を受けられる場合があります。これを「継続給付」といいます。継続給付を受けるためには、以下の条件を満たす必要があります。
- 退職日までに、被保険者期間が継続して1年以上あること。
- 退職日において、傷病手当金の支給を受けているか、または傷病手当金を受けられる状態(支給条件を満たしており、待期期間が完成していること)であること。
- 退職日時点で労務不能であること。
これらの条件を満たしていれば、退職後も引き続き傷病手当金の支給を受けることができます。ただし、支給期間は在職中から通算して最長1年6ヶ月であり、この期間を超えることはできません。また、退職後に一度仕事に就くことができる状態(労務可能)になった後、再び同じ病気やケガで労務不能となった場合は、原則として継続給付は受けられません。退職後の傷病手当金は、あなたが加入していた健康保険から直接支給されます。
継続給付の申請手続きは、在職中の申請と比べて一部異なる場合がありますので、退職前に加入していた健康保険組合または協会けんぽに必ず確認しましょう。
傷病手当金の申請に必要な書類と準備
傷病手当金を申請するためには、「傷病手当金支給申請書」をはじめとするいくつかの書類が必要です。これらの書類を正しく準備し、必要事項を記入・依頼することが、スムーズな申請には欠かせません。
傷病手当金支給申請書の入手方法
傷病手当金支給申請書は、あなたが加入している健康保険の保険者から入手します。主な入手方法は以下の通りです。
- 所属する健康保険組合のウェブサイトからダウンロード: 多くの場合、健康保険組合のウェブサイトに申請書様式が掲載されています。最新の様式をダウンロードしましょう。
- 全国健康保険協会(協会けんぽ)のウェブサイトからダウンロード: 協会けんぽに加入している場合は、協会けんぽのウェブサイトからダウンロードできます。都道府県支部によって様式が異なる場合があるので、ご自身の加入している支部の様式を確認してください。
- 会社の担当部署から受け取る: 会社によっては、総務部や人事部などの担当部署が申請書様式を用意している場合があります。
- 保険者に電話または郵送で請求する: ウェブサイトから入手できない場合や、郵送を希望する場合は、保険者に直接連絡して申請書を送付してもらうことも可能です。
申請書は通常、1ヶ月ごとの労務不能期間に対して申請するための様式になっています。複数の期間を申請する場合は、期間ごとの申請書が必要です。
申請書「被保険者記入用」の書き方
申請書は通常、以下の4つのパートに分かれていますが、あなたが主に記入するのは「被保険者記入用」のパートです。このパートには、あなたの基本情報や傷病、休業期間に関する情報を記載します。
記入が必要な主な項目は以下の通りです。
- あなたの情報: 氏名、生年月日、健康保険証の記号・番号、住所、マイナンバーなど。正確に記載しましょう。
- 傷病名: 診断された傷病名を記載します。医師の診断と一致している必要があります。
- 発病または負傷した年月日: 病気になった日やケガをした日を記載します。
- 労務不能となった年月日: 病気やケガによって、初めて仕事に就くことができなくなった日を記載します。
- 申請期間: 今回傷病手当金の支給を希望する期間(〇年〇月〇日から〇年〇月〇日まで)を明確に記載します。通常は1ヶ月ごとですが、月末まで休業した場合は月末まで、月の途中で復帰した場合は復帰した日までとなります。
- 休業期間中の状況: 申請期間中の日ごとの休業状況(休んだ日、有給休暇を使った日、出勤した日など)を記入する欄があります。正確に記録しておきましょう。
- 療養場所: 病院に入院していたのか、自宅で療養していたのかなどを記載します。
- 傷病の原因: 病気やケガの原因について記載します。業務外であることを確認しましょう。第三者行為(交通事故など)による傷病の場合は、別途書類が必要となる場合があります。
- 給与の支払状況: 申請期間中に会社から給与が支払われたかどうか、支払われた場合はその金額を記入する欄があります。会社が記入する欄と重複する場合もありますが、あなたが認識している内容を記載します。
- 振込先口座: 傷病手当金の振込を希望する金融機関の口座情報を正確に記載します。本人名義の口座が必要です。
- 署名・捺印: 最後に氏名を記入し、捺印します。
記入漏れや誤りがあると、手続きが遅れる原因となります。分からない点があれば、会社の担当者や健康保険の保険者に確認しながら記入しましょう。
申請書「事業主記入用」の記入依頼(会社との連携)
傷病手当金支給申請書には、あなたの所属する事業主(会社)が記入するパートがあります。このパートでは、あなたが申請期間中に休業していたこと、その期間中に給与が支払われたかどうか、支払われた場合はその金額などが証明されます。
会社に記入を依頼する内容は主に以下の通りです。
- 事業所の情報: 会社名、所在地、健康保険整理番号など。
- 被保険者の情報: あなたの氏名、健康保険証情報など。
- 休業期間中の勤務状況: あなたが申請期間中に実際に休業していた日や、出勤した日などが証明されます。
- 休業期間中の給与支払状況: 申請期間中に会社からあなたに対して給与(基本給、各種手当、賞与など)が支払われたかどうか、支払われた場合はその金額が証明されます。傷病手当金の支給額を計算したり、給与との調整を行ったりするために必要な情報です。
- 労務不能と認められる期間中の勤務状況: 会社として、あなたが労務不能と認められる期間中にどのような状況であったかを記載する欄がある場合もあります。
会社に記入を依頼する際は、申請書とあなたの健康保険証のコピーなど、必要な情報を合わせて渡すとスムーズです。会社の担当部署(総務部や人事部など)に連絡し、記入をお願いしましょう。会社には申請書に記入する義務がありますので、協力を仰ぐことが大切です。
万が一、会社が申請書の記入に非協力的であったり、提出を妨害したりするような場合は、加入している健康保険組合または協会けんぽに相談してください。本人から直接申請することも可能です。
申請書「療養担当者記入用」の記入依頼(医師との連携)
傷病手当金支給申請書には、あなたが受診している医療機関の医師(療養担当者)が記入するパートもあります。このパートは、あなたが「労務不能」の状態であることを医学的に証明する重要な部分です。
医師に記入を依頼する内容は主に以下の通りです。
- 医療機関の情報: 病院名、所在地、医師の氏名など。
- 傷病名: あなたの傷病名を記載します。
- 発病または負傷した年月日: 病気やケガの原因となった出来事が発生した日を記載します。
- 傷病の経過: 病気やケガの症状の経過や治療内容などを簡潔に記載します。
- 労務不能と認められる期間: 医師が医学的見地から判断した、あなたが仕事に就くことができないと認められる期間を記載します。この期間が、傷病手当金の支給対象となる期間の根拠となります。
- 医学的所見: 労務不能と判断した根拠となる医学的な状態や検査結果などを記載します。
- その他、就労に関する意見: 今後の治療の見込みや、どの程度の回復が見込めれば就労可能となるかなど、就労に関する医師の意見が記載されることもあります。
医師に記入を依頼する際は、申請書と、あなたの「被保険者記入用」のパートを記入済みの状態で持参するとスムーズです。あなたが感じている症状や、仕事の内容、復帰の希望時期などを正確に伝え、医師が適切な判断を下せるように協力しましょう。
医師への記入依頼には、文書作成料などの費用がかかるのが一般的です。費用は医療機関によって異なりますので、事前に確認しておきましょう。
診断書の提出は必要か?
基本的に、傷病手当金支給申請書にある「療養担当者記入用」の欄に医師が証明することで、「労務不能」であることが認められます。したがって、別途診断書を提出する必要は原則としてありません。
ただし、保険者によっては、傷病の状態や申請内容を確認するために、追加で診断書や検査結果などの提出を求める場合があります。この場合は、保険者からその旨の連絡がありますので、指示に従ってください。
その他の添付書類
傷病手当金の申請にあたっては、基本的な申請書以外に、特定の状況下で追加の書類が必要となる場合があります。
- 住民票の写し: 被保険者との関係を証明する必要がある場合など。
- 戸籍謄本または抄本: 同上。
- 交通事故証明書など(第三者行為に関する届): 交通事故など、第三者の行為によって傷病を負い、傷病手当金を申請する場合に必要となります。健康保険が、その費用を第三者(加害者)に請求するための手続きです。速やかに保険者に連絡し、必要な手続きを確認しましょう。
- 年金の支給に関する書類: 障害厚生年金や障害基礎年金、老齢厚生年金などを同時に受給している場合、傷病手当金との支給調整が行われるため、年金の支給額がわかる書類の提出を求められることがあります。
- 雇用保険の受給に関する書類: 退職後に雇用保険の基本手当(失業給付)を受給している期間は傷病手当金は支給されませんが、支給調整のために受給状況を確認される場合があります。
- 健康保険証のコピー: 申請書に添付を求められることがあります。
これらの書類が必要かどうかは、あなたの状況や加入している健康保険によって異なります。申請書様式に記載されている案内を確認するか、保険者に直接問い合わせて、必要な書類を漏れなく準備しましょう。
傷病手当金の申請先と提出方法
傷病手当金申請書と必要な添付書類が全て揃ったら、いよいよ申請手続きです。申請先と主な提出方法を確認しましょう。
加入している健康保険組合または協会けんぽ
傷病手当金の申請先は、あなたが加入している健康保険の保険者です。
- 全国健康保険協会(協会けんぽ)の場合: あなたの勤務地の住所を管轄する協会けんぽの支部が申請先となります。協会けんぽのウェブサイトで、ご自身の勤務地に対応する支部を確認してください。
- 健康保険組合の場合: あなたの会社が加入している健康保険組合が申請先となります。健康保険証や会社の担当部署に確認しましょう。
申請書には、提出先の住所が記載されている場合が多いです。
会社経由での提出は必須か?
傷病手当金の申請書は、多くの場合、会社の担当部署を経由して提出されます。会社が申請書の「事業主記入用」を記入し、その他の書類と合わせて保険者に提出するという流れが一般的です。
しかし、被保険者本人から直接、健康保険の保険者に提出することも可能です。会社に知られたくない場合や、会社が非協力的である場合などは、直接提出を検討しましょう。
会社経由で提出する場合のメリットは、会社が提出代行してくれるため手続きの手間が省ける点です。デメリットとしては、会社がすぐに手続きをしてくれない場合や、社内で情報共有されてしまう可能性がある点などが挙げられます。
本人から直接提出する場合のメリットは、手続きを自分でコントロールできる点、会社への依存がない点です。デメリットとしては、自分で書類を全て揃え、提出方法を確認する必要がある点です。
どちらの方法を選ぶにしても、申請書の「事業主記入用」は会社に記入してもらう必要があります。
郵送または窓口での提出
申請書を提出する方法は、主に以下の2つです。
- 郵送: 申請先となる健康保険の保険者宛てに郵送します。個人情報を含む重要な書類なので、追跡可能な簡易書留などで送ることをお勧めします。郵送先の住所は、申請書に記載されているか、保険者のウェブサイトで確認できます。
- 窓口での提出: 保険者の窓口に直接持参して提出することも可能です。ただし、全ての保険者に窓口対応が可能なわけではありません。事前に保険者のウェブサイトなどで窓口の場所や受付時間を確認しましょう。窓口で提出すれば、書類の不備などをその場で確認してもらえる場合もあります。
オンラインでの申請に対応している保険者はまだ少ないですが、将来的には普及していく可能性もあります。最新の申請方法については、必ずご自身の保険者のウェブサイトで確認してください。
傷病手当金の申請期間と支給までの流れ
傷病手当金の申請は、いつ行うのが良いのでしょうか?また、申請してから実際に手当金が支給されるまでには、どのくらいの時間がかかるのでしょうか?
申請できる期間
傷病手当金は、労務不能であった日ごとに、その翌日から2年を経過すると時効となり、申請できなくなります。例えば、4月1日に労務不能となった日について申請する場合、その申請期限は2年後の4月1日となります。
しかし、通常は、1ヶ月ごとなど、労務不能であった期間をまとめて申請するのが一般的です。例えば、1月1日から1月31日まで休業した場合、その期間の申請は2月1日以降に行います。まとめて申請する場合でも、個々の労務不能であった日の翌日から2年という時効は変わりません。
療養期間が長期にわたる場合は、数ヶ月ごとにまとめて申請することも可能です。ただし、あまり長期間まとめて申請すると、書類の準備に時間がかかったり、審査に時間がかかる可能性もあります。保険者によっては推奨される申請頻度がある場合もありますので、確認してみましょう。
退職後の継続給付を申請する場合も、同様に労務不能であった日ごとに時効があります。
申請後の審査と支給までにかかる期間
申請書を提出した後、保険者は提出された書類の内容を確認し、支給条件を満たしているかどうかの審査を行います。審査では、以下の点が主に確認されます。
- 健康保険の被保険者であること
- 業務外の傷病であること
- 労務不能であることが医師によって証明されていること
- 連続した3日間の待期期間が完成していること
- 給与の支払い状況
審査にかかる期間は、保険者や申請内容、提出時期などによって異なりますが、一般的には申請から支給決定まで1ヶ月から2ヶ月程度かかることが多いようです。特に、初めての申請であったり、申請内容に不明な点があったり、添付書類に不備があったりする場合は、審査に時間がかかる傾向があります。
審査が完了し、支給が決定されると、保険者から「傷病手当金支給決定通知書」などが送付されます。その後、申請書に記載したあなたの金融機関の口座に手当金が振り込まれます。振り込みまでの期間も、支給決定から数日から1週間程度かかるのが一般的です。
もし、申請から2ヶ月以上経過しても連絡がない場合は、保険者に問い合わせてみましょう。申請書の受理状況や審査状況を確認することができます。
傷病手当金の計算方法と支給期間
傷病手当金は、休業中の生活を支える重要な収入源となります。ここでは、傷病手当金の1日あたりの支給額がどのように計算されるのか、そしていつまで支給されるのかについて説明します。
1日あたりの支給額の算出方法
傷病手当金の1日あたりの支給額は、原則として以下の計算式で算出されます。
支給開始日以前の継続した12ヶ月間の各月の標準報酬月額を平均した額 ÷ 30日 × 2/3
この計算式について、もう少し詳しく見ていきましょう。
- 支給開始日: 病気やケガで仕事を休み始め、連続した3日間の待期期間が完成した日の翌日を指します。
- 標準報酬月額: 健康保険料や厚生年金保険料の計算の基礎となるもので、毎月の給与などを一定の幅(等級)に区分した額です。
- 支給開始日以前の継続した12ヶ月間: 傷病手当金の支給が始まる日より前の、直近1年間の期間を指します。この期間に加入していた健康保険の標準報酬月額が計算の基になります。もし、この期間内に転職などがあった場合は、前の勤務先の標準報酬月額も通算される場合があります。
- 各月の標準報酬月額を平均した額: 過去1年間の標準報酬月額の合計を12で割った平均額です。これにより、直近1年間の収入状況に応じた支給額が計算されます。
- ÷ 30日: 月を30日で割ることで、1日あたりの目安額を算出します。
- × 2/3: 算出された1日あたりの目安額の3分の2が、傷病手当金として支給される額となります。これは、休業前の賃金の約3分の2を保障するという趣旨に基づいています。
計算例:
例えば、支給開始日以前の継続した12ヶ月間の標準報酬月額の平均額が30万円だった場合、1日あたりの支給額は以下のように計算されます。
300,000円 ÷ 30日 = 10,000円 (1日あたりの目安額)
10,000円 × 2/3 = 約6,667円 (1日あたりの傷病手当金額)
したがって、この場合の傷病手当金は、休業1日あたり約6,667円となります。
なお、支給開始日以前の被保険者期間が12ヶ月に満たない場合は、以下のいずれか低い額を用いて計算されます。
- 支給開始日以前の継続した被保険者期間の各月の標準報酬月額を平均した額 ÷ 30日 × 2/3
- 当該年度の前年度9月30日における全被保険者の標準報酬月額を平均した額(平均標準報酬月額)÷ 30日 × 2/3
ご自身の正確な標準報酬月額や過去の履歴については、会社の担当部署や健康保険の保険者に確認することをお勧めします。
支給される期間(最長1年6ヶ月)
傷病手当金が支給される期間は、同じ病気やケガに関して、支給を開始した日から通算して最長で1年6ヶ月です。
「通算して」という意味は、途中で一度回復して仕事に復帰し、その後再び同じ病気やケガで労務不能になった場合でも、過去に傷病手当金が支給された期間も含めてカウントされるということです。例えば、病気で6ヶ月間傷病手当金を受給し、一度3ヶ月間復帰したが、再び悪化して休業した場合、残り1年分の傷病手当金を受け取ることができます(合計で1年6ヶ月)。
ただし、一度労務可能と判断され完全に仕事に復帰した後、再び同じ病気やケガで休業した場合でも、退職後の継続給付の条件を満たしていれば、退職前の支給期間と合わせて1年6ヶ月まで受給できる場合があります。
この1年6ヶ月という期間は、病気やケガが治るまでの治療期間を考慮して設定されています。期間内に病気やケガが治癒した場合は、治癒した日までで支給は終了します。逆に、1年6ヶ月を経過しても労務不能の状態が続いている場合でも、その期間を超えて傷病手当金が支給されることはありません。
また、別の原因による病気やケガで労務不能となった場合は、新たに傷病手当金の支給対象となり、そこから改めて最長1年6ヶ月の支給期間がカウントされます。
傷病手当金が「もらえないケース」と注意点
傷病手当金は病気やケガで休業した際に心強い味方となりますが、残念ながら申請しても支給されないケースも存在します。ここでは、傷病手当金がもらえない主なケースと、申請時の注意点を解説します。
支給条件を満たさない場合
前述の「傷病手当金を受け取るための支給条件」の項目で説明した各条件(健康保険への加入、業務外の事由、労務不能、待期期間の完成、給与の支払いがないことなど)のいずれかを満たしていない場合は、傷病手当金は支給されません。
特に、労務不能と認められない場合や、待期期間(連続した3日間)が完成していない場合は、申請しても支給対象外となります。ご自身の状況が条件を満たしているか、申請前に再度確認することが重要です。
待期期間が完成していない場合
傷病手当金は、連続した3日間の待期期間を経た4日目以降から支給対象となります。この連続した3日間の休業が完成していない場合は、傷病手当金は一切支給されません。
例えば、月曜、火曜と休んだ後に水曜日に半日でも出勤してしまうと、待期期間はリセットされ、再び連続した3日間の休業が必要となります。待期期間は給与の支払いがあっても構いませんし、有給休暇や公休日を含めてカウントできますが、とにかく「連続して」休むことが必須です。
労務不能と認められない場合
医師があなたの状態を医学的見地から「労務不能」と判断しない場合、傷病手当金は支給されません。単に体調が優れないというだけでは、労務不能とは認められない場合があります。
医師は、あなたの病気やケガの状態、治療内容、仕事内容などを総合的に判断して、労務不能かどうかを判断します。医師に症状を正確に伝え、現在の業務内容を具体的に説明することが、適切な「労務不能」の証明を得るためには不可欠です。
保険者が提出された申請書の記載内容や、必要に応じて医師に問い合わせるなどして、労務不能の状態であるかを審査します。医師が労務不能と判断しても、保険者の審査によって認められないケースもゼロではありませんが、基本的には医師の判断が重視されます。
給与が支払われている場合
休業期間中に、会社から傷病手当金の日額と同等かそれ以上の給与が支払われている場合は、傷病手当金は支給されません。
支払われている給与の額が傷病手当金の日額より少ない場合は、傷病手当金からその差額が支給されます。これは、傷病手当金が休業期間中の「所得補償」であり、休業前の収入を超えるような支給は行わないという趣旨に基づいています。
傷病手当金を申請する期間中に会社から給与が支払われたかどうか、またその金額については、申請書の「事業主記入用」で会社が正確に証明する必要があります。
雇用保険の基本手当(失業手当)との調整
退職後に傷病手当金の継続給付を受けられる条件を満たしている場合でも、雇用保険の基本手当(いわゆる失業手当)を受給している期間は、原則として傷病手当金は支給されません。
雇用保険の基本手当は、「働く意思と能力があるにもかかわらず、仕事が見つからない状態」に対する給付です。一方、傷病手当金は「病気やケガで働くことができない状態」に対する給付です。この両者は、「働く能力があるかないか」という点で矛盾するため、同時に受け取ることはできません。
もし、あなたが退職後に傷病手当金の継続給付の条件を満たしており、かつ雇用保険の基本手当の受給資格もある場合は、どちらの給付を優先するか選択する必要があります。一般的には、傷病が治癒して働くことができるようになってから、雇用保険の基本手当を受給開始するために手続きを行うことになります(この場合、受給期間延長の手続きが必要となる場合があります)。
会社が申請手続きに協力しない場合
傷病手当金の申請には、事業主(会社)が記入・証明するパートがあります。会社がこの記入に協力しない場合や、申請書の提出を拒むような場合は、申請手続きが滞ってしまう可能性があります。
会社は、従業員の傷病手当金申請に必要な証明を行う義務があります。もし会社が非協力的である場合は、まずは会社の担当部署と再度話し合い、申請書の記入・提出に協力してもらうよう丁重に依頼しましょう。
それでも協力が得られない場合は、ご自身が加入している健康保険組合または協会けんぽに相談してください。保険者が会社に指導を行うことや、被保険者本人から直接申請するための手続きについてアドバイスを受けることができます。会社との関係が悪化する可能性もありますが、傷病手当金は被保険者の正当な権利ですので、諦めずに保険者に相談することが重要です。
傷病手当金申請に関するよくある質問(FAQ)
傷病手当金の申請にあたって、多くの方が疑問に思われる点をQ&A形式でまとめました。
傷病手当金は会社経由で申請した方がスムーズですか?
多くの会社では、傷病手当金の申請手続きをサポートしています。会社の担当部署(総務部や人事部)が申請書の「事業主記入用」の記入を行い、必要に応じて他の書類もまとめて、健康保険の保険者に提出代行してくれるのが一般的です。
会社経由で申請するメリットは、手続きの手間が省ける点です。会社の担当者は手続きに慣れている場合が多く、保険者とのやり取りもスムーズに進む可能性があります。
一方、デメリットとしては、会社の内部手続きに時間がかかったり、社内で休職していることや病状に関する情報が共有されてしまう可能性がある点です。
ご自身の状況や会社の体制によって、どちらの方法がスムーズかは異なります。会社の担当部署に、申請手続きの具体的な流れや、申請書提出の締め切りなどを確認し、相談してみると良いでしょう。もちろん、前述の通り、被保険者本人から直接保険者に申請することも可能です。
傷病手当の申請書は医者に提出するのですか?診断書は必要?
傷病手当金の申請書は、健康保険の保険者(加入している健康保険組合または協会けんぽ)に提出します。医療機関の医師に提出するわけではありません。
ただし、申請書には「療養担当者記入用」というパートがあり、この部分は病気やケガの状態、労務不能であることなどを医師に記入・証明してもらう必要があります。あなた自身が申請書を医療機関に持参し、医師に記入を依頼してください。記入してもらった後、申請書全体をあなたが受け取り、その他の必要事項を記入してから保険者に提出します。
診断書は、原則として別途提出する必要はありません。申請書内の医師の証明欄で、「労務不能」であることが医学的に証明されるためです。ただし、保険者が必要と判断した場合には、追加資料として診断書の提出を求められることもあります。
申請から振り込みまではどれくらいかかりますか?
申請書を健康保険の保険者に提出してから、傷病手当金があなたの口座に振り込まれるまでの期間は、一般的に1ヶ月から2ヶ月程度が目安とされています。
この期間には、保険者での申請書類の受付、内容確認、審査、支給決定手続き、そして銀行への送金手続きなどが含まれます。
以下のような場合は、さらに時間がかかる可能性があります。
- 初めての申請である場合
- 申請書の記入漏れや誤りがある場合
- 提出書類に不備や不足がある場合
- 申請内容について保険者が確認事項(会社への問い合わせ、医師への問い合わせなど)がある場合
- 申請件数が多い時期(月末や年末年始など)
申請後2ヶ月以上経っても保険者から連絡がない場合は、提出した申請書が受理されているか、審査はどこまで進んでいるかなどを保険者に電話などで問い合わせてみることをお勧めします。
メンタルヘルスの不調でも申請できますか?
はい、メンタルヘルスの不調(うつ病、適応障害、パニック障害など)でも、傷病手当金の申請は可能です。
傷病手当金は、病気やケガの種類に関わらず、「業務外の事由による傷病」によって「労務不能」となった場合に支給されます。精神疾患も支給対象となる傷病に含まれます。
申請にあたっては、身体的な病気やケガの場合と同様に、医師による診断と「労務不能」であることの医学的な証明が不可欠です。あなたの症状や、それによって仕事に就くことができない状態であることを、正直に医師に伝え、申請書の「療養担当者記入用」に証明を記入してもらう必要があります。
会社に病状を伝えることに抵抗がある方もいらっしゃるかもしれませんが、傷病手当金の申請には会社の証明も必要となります。会社の担当部署とも連携を取りながら手続きを進めることになります。プライバシーに配慮してくれる会社がほとんどですが、気になる場合は会社の担当者に相談してみましょう。
パート・アルバイトでも申請できますか?
はい、パートやアルバイトの方でも、加入している健康保険の種類によっては傷病手当金の申請が可能です。
傷病手当金は、健康保険の被保険者に対する給付です。あなたが勤務先の健康保険(協会けんぽや健康保険組合)に加入している場合は、正社員と同様に傷病手当金の支給対象となります。
パートやアルバイトであっても、以下の条件を満たしている場合は勤務先の健康保険に加入することになります。(これは一般的な条件であり、会社の規模などによって異なる場合があります。詳細は会社の担当者にご確認ください。)
- 1週間の所定労働時間および1ヶ月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している正社員の概ね4分の3以上である場合
- 上記の4分の3の基準を満たさない場合でも、以下の条件をすべて満たす場合(平成28年10月より段階的に適用拡大)
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 賃金の月額が8.8万円以上であること
- 勤務期間が2ヶ月以上見込まれること
- 学生でないこと
- 従業員数が一定規模(2024年10月からは50人超)の事業所に勤務していること(規模要件は今後も変更される可能性があります)
あなたが勤務先の健康保険に加入しているかどうかは、給与明細で健康保険料が控除されているか確認するか、会社の担当部署に直接確認してください。勤務先の健康保険に加入していれば、パートやアルバイトでも傷病手当金の支給対象となります。
まとめ:傷病手当金の申請手続きを進めるには
病気やケガで仕事を休むことになった際、傷病手当金はあなたの生活を支える心強い制度です。申請手続きは少し複雑に感じられるかもしれませんが、必要な条件や手順を理解すれば、決して難しいものではありません。
傷病手当金を受け取るための最も重要なポイントは、以下の5つの支給条件をすべて満たしていることです。
- 健康保険に加入していること
- 業務外の病気やケガであること
- 仕事に就くことができない(労務不能)状態であること
- 連続した3日間の待期期間があること
- 給与の支払いがない、または傷病手当金より少ないこと
特に「労務不能」であることの証明は、医師の診断が非常に重要です。ご自身の症状や仕事の内容を正確に医師に伝え、申請書の「療養担当者記入用」への記入を依頼しましょう。
申請に必要な書類は「傷病手当金支給申請書」が基本ですが、この申請書にはあなた自身、会社、そして医師のそれぞれの記入・証明が必要です。これらの記入を依頼し、必要に応じてその他の添付書類も準備します。
申請書と必要書類が全て揃ったら、あなたが加入している健康保険の保険者(健康保険組合または協会けんぽ)に提出します。会社経由で提出するのが一般的ですが、本人から直接提出することも可能です。
申請から支給までには通常1ヶ月から2ヶ月程度かかります。申請期間は労務不能であった日ごとに時効がありますが、通常は1ヶ月ごとなどまとめて申請します。
もし、申請にあたって不明な点や不安な点があれば、まずは会社の担当部署に相談してみましょう。会社のサポートが得られない場合や、さらに詳細な情報を知りたい場合は、遠慮なく加入している健康保険の保険者に問い合わせてください。保険者の担当者があなたの疑問に答えてくれます。
この記事が、あなたが傷病手当金の申請手続きを理解し、安心して療養に専念するための一助となれば幸いです。
※本記事の情報は一般的な内容に基づいており、個別のケースや法改正により異なる場合があります。最新の情報や正確な手続きについては、必ずご自身の加入している健康保険組合または協会けんぽにご確認ください。


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